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2017年1月9日月曜日

ランチ会〆切とCCM相談室オープン!

1/14のCCMランチ会は定員に達しましたので、締め切りいたします。

良き交わりの時となりますように。

新しいお知らせです。

CCM相談室(完全会員制SNS)を設置しました。



代表カワセへの相談質問ができます。
また、SNS会員の方同士のネットでの交わりもできるようになっています。
参加したい方は招待メールをお送りしますので、こちらからお申し込みください。
https://ws.formzu.net/fgen/S82233694/
クリスチャンの結婚を祈る方なら、独身の方、CCMのOBの方もOKです。


このCCM相談室の設置の理由としては、二つあります。
1つは、カワセが中部にいないので、こまめに交わり会をひらけないことを補えないかと思ったこと。
2つ目は、婚活や結婚に関する質問をもっとしやすくできないか、と思ったこと。とはいえ、ランダムにメールを送られると、もう誰が誰だかわからなくなってしまうのです。このSNSのメッセージ機能はそれが整理されるので、誰とのどんなやりとりがあったのか、わかりやすくなります。

SNSというのは、炎上などの危険もあります。
ぜひ節度をもって利用してもらえればと思いますが、もし混乱が起きた場合は、閉鎖することもありますので、ご了承ください。

2017年も、結婚を祈るクリスチャンのお一人お一人が、主のみこころに導かれますように!!

2017年1月2日月曜日

2017年 あけましておめでとうございます

主の御名を心から賛美します
新しい年がはじまりました!

あけましておめでとうございます。

2017年もどうぞよろしくお願いします。

今年はどんな年になるでしょうね?

この一年にも神様のご計画が盛りだくさんに詰まっているだろうことを思うと
ワクワクする?あるいは、どんよりする?

想像もしないことが起こるのが、神に導かれし人生だと、思います。
けれど、神様は
「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。・・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(エレミヤ書)」
神を信じる者たちに語られるお方です。

私自身、このみことばに何度支えられたかわかりません。

先はわからなくても、起こることの意味は自分にはわからなくても、
神様はよく知っている。
意味がないんじゃないか、って思えることを努力するのは、大変ですよね。
私も意味を考えちゃうタイプの人間だったので、自分のモチベーションを維持するのが大変でした。
そういう方にオススメなのは「意味はともかく、やってみる。疲れたら休めばいい。」
という投げやりスタンスでやってみることです。
費用対効果がトントンならまあいいか、くらいで(笑)
CCMは実はそのスタンスです。それほど大きな損がなければやっていいかな。
これが、セミナーや交わり会、お見合いパーティーを開催するかどうかの私の基準です。
そのくらい隙だらけの方が、神様も介入しやすいんじゃないかと(笑)


新年から力入れるとあと360日くらい疲れちゃうので、
期待は大きく、でも、肩の力は抜いて、
今年も歩んでいきませんか(^ ^)

今年最初のイベントはこれです。

=CCMランチ会=
1月14日(土)12:00~15:00

名古屋駅3分のレンタルスペースにて

定員10名(あと3名!!!)

ランチ持参でおねがいします。

結婚を祈るクリスチャンの交わりと励ましの場となりますように。

申し込みは以下より
https://ws.formzu.net/fgen/S2250328/

参加費はありません(自由献金)
======================

実は初の無料イベントです。
これが今年のCCMのチャレンジでもあります。
神様がどのくらいCCMを用いてくださるか・・・主の祝福に頼るチャレンジです。


今年も、主の御心が成りますように!!!

CCMカワセ

2016年12月30日金曜日

2016年の感謝

主の御名を讃美します。

2016年が終わろうとしています。
2017年がやってきますね。

今年、たくさんの結婚を祈るクリスチャンの皆さんにお会いできたこと、感謝でした。
10回にわたる出会いの会(交わり会、セミナー、お見合いパーティー)にご参加くださった方々、そして面談で遠くから来てくださった方々、感謝します。

CCMをちゃんとはじめて3年目に入りました。
スタートから参加していた仲間たちが今年続々と結婚が決まっていき、結婚式にもたくさんよんでいただいて、主の御業を目の当たりにできたこと、本当に感謝でした。
なんせ、一人一人の婚活の過程を知っているだけに、思いもひとしお・・・。

苦労せずに出逢う人なんていないんです。
婚活をするということは、主にある試練をあえて受けにいくという一面があります。
婚活の出会いというのは、いろんなひとにわざわざ会い、意図的に交わりをするということです。
だから、好きな人に囲まれていたい、気の合う人とだけ付き合いたい、という思いの人にはかえって辛い状況に足を踏み入れることになるでしょう。(私も無理にはオススメしません。)

知らなかったクリスチャンと出会うこと、いろんなクリスチャンがいるんだって知ること、手探りでたった一人の主にあるパートナーと出会うこと
この冒険に繰り出すか?
それとも、主の御許へ行くまで一人で人生を全うするか?
私たちには自由な選択を与えられています。
どっちを選んでも罪ではないし、どっちを選んでも祝福も大変さは当然あるのです。

冒険したい!という方のサポートを、CCMではしていきたいと思います。

と、ここまでは一人一人のクリスチャンの個人的な意義の話。

もう少し大きな視点でいえば、
クリスチャン同士の結婚は、日本のクリスチャン、そして教会をより強くしていく、
結婚そのもの、家族作りそのものがキリストの証となり福音を伝える伝道の大きな力になる。
そこに大きな意義を感じています。
何か特別な賜物(例えば、賛美やら語るやら何かしらの特技めいたもの)がないと、
キリストを証ししたり伝道したりできないんでしょうか?
もし、生きる姿そのものがクリスチャンとしての証になるなら、こんないいことないですよね?それをしやすいのが、一人よりも二人、しかも友達とかではなく、特別な二人の主にあって生きる姿なんです。
弱い二人でもいいんです。大事なのは「主にある」かどうかです。
だから、CCMは、クリスチャン同士の結婚のサポートをしています。



先日も少し書きましたが、カワセの生活拠点が今、関東にあります。

なので、来年はいままでのように毎月CCMを開催することは難しくなりました。

・・・
一体誰が想像したでしょう?旦那さんが転勤だなんて!
40年以上地元を出たことがない夫が、これからも岐阜で生きていくだろう、会社も支社も全部岐阜だし・・・そう思っていた私たち夫婦が、関東へ転勤なんて!!
(いつの間に関東に子会社なんか作ってたんだーーー!?なぜ旦那が選ばれたんだ?!)
一つの地で70年近く生まれ育ち、生き、違う土地で生きることなんて1mmも想像できない義父母もめちゃめちゃ動揺していますよ!
そして、関東に完全に別れを告げて、故郷岐阜で生きていくことを決心した私が、
しかも中部でのミニストリーがはじまったこのタイミングで、なぜ関東移住?!
人生は不思議だらけです。何がどうなるかなんてわかんないんです。
結婚したって、いや、したらむしろ、どんどん冒険は進むのです。
結婚=安定は、絶対ない・・・。ないです。

というわけで、
頻度は少なくなると思いますが、それでも中部地方のクリスチャンへの想いは今もあるので、何かしら続けていくつもりです。(神がゆるす限り)

この3、4年で、中部地方でのクリスチャンの結婚の出会いの機会は、かなり増えたと思います。ジェネシス24さん、アクラとプリスカさん、水谷潔先生、他各教団でも結婚を視野に入れた青年の集まりがあるようです。全国ネットなら、ペテロの涙さんなどもあります。牧師先生や牧師夫人に相談して紹介していただくのも手です。
あらゆる機会を用いることが、婚活の鍵です。

先日、旦那さんが年末ジャンボを買いに行きました。
はじめて「よく当たる!」と有名な都内の売り場へ行ったそうです。
半端ない行列、五時間待ちの人で溢れていたそうです。
「こんだけの人がいたら、そりゃ、誰か当たるわ!」と思ったそうです。

それと同じ、とは言いませんが、出会いの機会が多ければ多いほど巡り会う確率は確かに高いのです。
今年導かれて行ったCCMで2年婚活した人たちは、2年とにかくいろんなところでたくさんの方と会っていました。出会いの機会へ足を向け続けていました。祈りと行動が一緒に進んでいたのです。

だから、もし本当にクリスチャンと結婚したいなら、
クリスチャンホームを築いていきたいのなら、
あらゆる機会を用いて、婚活してください。
あなたの足で、あなたの意思で、踏み出してください。

CCM来年第一弾はランチ会です。
限定10名。すでに3名エントリーがありますので、あと7名ですね。
交わりの会なので、カップルや新婚さんも参加OKです。ぜひ証をしてください。

=CCMランチ会=
1月14日(土)12:00~15:00

名古屋駅3分のレンタルスペースにて

定員10名

ランチ持参でおねがいします。

結婚を祈るクリスチャンの交わりと励ましの場となりますように。

申し込みは以下より
https://ws.formzu.net/fgen/S2250328/

参加費はありません(自由献金)
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来年も、皆様に祝福ありますように!!

2016年12月8日木曜日

あの日がまさにスタートだった

今年は知り合いや友人の結婚が多い年でした。

挙式に参加させてもらったことも多かったし、メールやネットで報告を聞いたりすることも多かった。

そのたびに、振り返るのです。
自分の婚活と、出会いと、結婚式と、その後の日々を・・・。

そうすると、どうにも、簡単に

「おめでとう!!末長くお幸せに!!」

と、言えない。
いや、一応、言うのだけれど・・・。

それは、

まさに、あの日から、試練の日々がはじまったから。


無条件に楽しいのは新婚旅行まで。
そこからは、お互いの違いやすれ違いやもどかしさとの戦いだった。

まず、旦那さんの仕事が忙しすぎて、てっぺん越えで帰り早朝に家を出て行く生活
私も手持ちぶたさからバイトしたりで、なんかすれ違い。
結婚して半年後に大げんかをしてプチ家出をしたり
お互いのライフスタイルがなかなか受け入れられず険悪になったり
1年後に子どもどうする?って焦り出して妊活がはじまったり
旦那がプチ鬱になったり、妻が流産したり
それらの傷を舐め合うこともできずに、それぞれが神様と向き合うしかなく
すこーーーしずつお互いのことを思いあえるようになったり
一緒にいて安定してきたのは3年目くらい

もちろん、夫婦それぞれなんだけれど

結婚してはじまるのは、そういう生活かもしれない
って思ったら
ただただ幸せラブラブってわけにもいかないかも
って思ったら

ふと「ほんとに、おめでたいのか?」
と頭をよぎったり
軽々しく「お幸せに〜!」とは言えない。

むしろ
「頑張って!!!!マジ、祈ってるから!!!」

という気持ちになる。

それでも、

結婚はいいものだ、と思う。

とんでもない日々のはじまりだとしても、
二人で、神様に与えられたその時間をなんとかやっていくというのは
とても貴重で有意義だと思うし
その中だからこそ見られる神の栄光というのは、
確かにある、と思うから。


ただ、幸せになりたい、幸せにしてほしい
辛いことから逃げたい
快感を味わいたい

それで結婚を望んでいるとしたら

あまり、オススメしない。

だって、結婚て、どうやらそうじゃなさそうだから。



=お知らせ=
2017年1月14日
ランチ会やります。


2016年12月5日月曜日

17年1月14日CCMランチ会やります

主の御名を讃美します。

いよいよアドベントも2週目となり、
町も教会もあわただしくなりますね。

今年もあとひと月・・・


お見合いパーティー後、

「来年のCCMはどうなりますか?いつやりますか?」というお問い合わせが
多数来ています。

ということで、

来年1月14日(土)に、名古屋でランチ会を開催します。

シンプルな交わり会です。


=CCMランチ会=
1月14日(土)12:00~15:00

名古屋駅3分のレンタルスペースにて

定員10名

ランチ持参でおねがいします。

結婚を祈るクリスチャンの交わりと励ましの場となりますように。

申し込みは以下より
https://ws.formzu.net/fgen/S2250328/

参加費はありません(自由献金)
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2016年11月21日月曜日

思い込むこと


私達は、ダメだろうと思い込むことで、どれだけ損しているだろう。
それは、思い込みであって、事実でも現実でもないのに・・・。


そんなことを私自身、思わされることがある。



今、私は、聖書の学びをしている。
通信教育でのちょっと本格的な聖書神学の学びだ。
講義を聞き、課題レポートを書いて提出する。
月に2課。2回レポートを書いて提出する。
レポートには、設問が幾つかあり、それぞれに学んだことプラスαで解答する。
受験で言えば、小論文問題みたいものだ。
多少の幅があるとはいえ、良い悪いとか感動的とか斬新とかではなく、「合っている、間違っている」の基準がきちんとあって、的を得ないと減点される。
採点評価とコメントがついて、レポートは返ってくる。

レポートを提出する時は、本当に緊張する。
合格点が取れなければ再提出しなければならないのだ。
全部、合格点を取れなければ、次の学期へも進めない。
しかも、講義を受けるたびに自分がしてきた勘違いに気づかされる。
認識のし直しの連続だ。

レポートが返ってくる時は、もっと緊張する。
「レポートが返ってきました」というメール通知がくると、胃が3センチくらい上がる気がする。怖くて、メールを開くのに、最低半日はかかる。

自分が極度の「評価恐怖症」なのではないか・・・と思うくらい
このドキドキの繰り返しだ。

さらに苦しいのは、前回のレポートの評価が悪かった、その次のレポートを書いて出す時。
また、評価が悪かったらどうしよう・・・。
なんども見直し、手直しし、らちがあかないので最後は
「いいんだ。だめだったら、再提出すればいいんだよ。そう。そうだよ!」と
自分に言い聞かせ、えいや!!と提出する。

そして、そのレポートが「返ってきました」通知が来た時・・・

本当に開くのが怖い。

頭の中で響く・・・
「あぁ、また評価悪いに決まっている。だって、やってもやっても合ってるか、的を得てるかわかんなかったもの。きっとまた、指摘がされていて、点も低いに決まっている。書き直しだ、再提出だ。あぁ、次のレポートも出さなければいけないのに…。他のやらなきゃいけないこともあるし、やばい・・・あぁ、やばい」

もう半分泣きそうになりながら、絶望的な気持ちで、
返ってきたレポートをひらく

『設問7の解答は大変良いですね。感謝。100点。』

膝から崩れ落ちた。

あぁぁぁぁ、よかった〜〜〜〜〜〜。全身から力が抜ける。

評価が良いことなんて、1ミリも想像しなかった。

どうして、想像しなかったんだろう?

前が悪かったからって、また悪いなんて、100%なことではないはずだ。
どうして、ほとんど決めつけて、絶望していたんだろう。


私たちは、思い込みというものに、本当に振り回される。

特に、「自分が理解できるものが正しい」という考え方の現代に育った私達は
つい、自分の判断が、たとえそれが感情的なものであっても、正しい!と思ってしまう。
もし、これで、大切な機会を失っていたら・・・
もし、私が、思い込みによる絶望で、レポートを提出さえしていなかったら・・・
神様が与えてくれた学びの機会を台無しに、学ぶ恵みを得ることはできなかっただろう。

気持ちが揺さぶられるのはしょうがない。
私達には、そういうものが備えられているから。
だけど、それを、上手にコントロールして、前に進むこと・・・。
それも、大切なのかな・・・と、おもう。

婚活で言えば、「次も断られるに決まってる」「次もオファーがもらえないだろう」
「いい人なんていない」「あの人もきっと合わない」「誰も自分を受け入れてはくれない」
そんな思いに苛まれるかもしれない。

さいなまれる気持ちはすごくわかる。

だけど、それは、本当に事実なの?正しい事実なの?絶対なの?と
ちょっとだけ、問うてみると、いいのかもしれない。

2016年11月18日金曜日

結婚はささやかなものの積み重ねかもしれない


主の御名を讃美します。


最近、イベントのお知らせが多かったので、
もう少し、「結婚ってなんだろねー」ということも、綴っていきたいな、と思います。




恋の生まれ方が変わっているのかもしれない

会えない寂しさが恋を生む
また会いたい!という気持ちが恋の証拠
自分が相手を好きかもしれない感情の証

まるで、月を眺めながら「あの人も同じ月をみているだろうか」
のような

でも、それが「好意」のすべてではないと思うのです。

それで、そこに愛があるのか、判断できない。

会えない寂しさが簡単に埋まる時代になりました。
メール、ライン、SNSで、いつだって交流できる。
相手が今何をしているのか、わかる。すぐに、安心できてしまう。
ドキドキやムズムズや愛おしさはかえってうまれにくいのかもしれません。

だけど、そうじゃない、ドキドキやムズムズや愛おしさの生まれ方もあるのです。

私と旦那さんの出会いは、お見合いでした。
お互いタイプでもないし、大した期待もなく会いました。
私はそれほどイヤでもなかったので、
彼もそれほどイヤでなくそれがルールだと思っていたので、
メアドを交換し、お見合い後何度か会っていきました。
お付き合い前のいわゆるデート(?)の中で、小さな発見が楽しかったのを覚えています。

あ、こういう服装するんだ。あ、こんな声してるんだ。
面白い靴履いてるな。意外といい匂いがする。
あ、笑った。あ、ここで嬉しいんだ。あ、意外とびびってる。
あ、美味しいごはん。あ、こんな手をしているんだ(仕事柄ごつい手です)
発見するごとに興味がわいていく。一緒にいるのが心地よく地味に楽しい。

なんだか、そんな積み重ねだったように思います。
会うことでしか発見できないことの積み重ね
そうして生まれた好意だったような気がします。
(あきないな・・・と思いました)

もちろん、違いを発見してぶつかったり、いろいろ事件がなかったわけではありません。
だけど、そういうものがない人なんて、ないですよね。
それは、話し合えば解決できるものだったし、話し合えたし。
話し合えたのは、会って互いを知っていったからでもあると思います。
自分が相手を知っていったように、相手も、私がどんなときどんなリアクションをするのか、小さな発見を積み重ねていたから。

その積み重ねの先に、これからも積み重なっていけばいいと
結婚をしたように思います。

そして、結婚して4年になりますが、
いまだに発見の連続です。ちいさな発見を楽しむことの積み重ね。

なぜ、発見が尽きないのか・・・
それは、お互いがまた小さく変化しているから。
あ、ここ変わったな。あ、こういうふうになったんだ。
あれ、こんな面もあったんだ。あ、ここは変わんないんだ。
一緒に生活しているから発見できることの積み重ね。
そうして生まれた好意のような気がします。
(いまだに、あきないな・・・と思います)

結婚のイメージはそれぞれあるだろうし、
結婚の形はそれぞれあるだろうけど、

こんなささやかな結婚もあります。

それは、ささやかな出会いの積み重ねで、生まれていくんじゃないかと思ったりします。