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2017年11月18日土曜日

個性ってなんだ?

ナンバーワンにならなくてもいい
オンリーワンになろう

そんな言葉が流行ったこともありました。

人と比較して優れていなくても
いいじゃないか!

自分らしさ、とか
個性、とか
他人にはない自分の何か、とか

そういうものがあればいいんだ・・・!


一見「そうだよね」と思えそうですが

このオンリーワンになろう主義にはまって
私自身は大変に苦しみました。


演劇をやっていた時代
「誰よりも上手い」・・・よりも
「誰とも違う」が、かっこいいと思われていました。
(少なくとも私はそう思っていた)

あの人は、なんか違う。個性が光っている。
彼の演技は誰にも真似できない
独特の味わいがあり
彼にしかできない解釈、彼にしかできない表現、
あの人にしか出せない声、音の響き

そういうものが、やはり注目されたし、
求められたし、評価の難しい世界の中では断然強かったし

だから、「個性的でありたい!」
とすごく思ったのです。

ちょっとでも、人と一味違っていようとする
同じことを言ってもやっても目立てない
あの人がそうくるなら、私はこうしよう
常に、そんなことを考え
言動も、ファッションも、好むものも
特別っぽく、過激にしようとしていたように思います。

けれど、やろうとすればするほど
なんか誰かと似てる、すでにやり尽くされたことだったりする
工夫した感がでる・・・

そして、自分が空っぽで、すごく普通の人だ、と思い知らされたりするのでした。

夢の挫折とともに、私は個性を追うことをやめました。
普通の人になろうと決め、もうすぐ10年がたちます。
普通の人になってから、婚活をし、結婚が決まりました。

今思うのは
個性はひねりだすものじゃないのだな
ということです。

差別化や、奇をてらうことで、出てくるものでもない。

そんなことしなくても
十分その人らしさというのは出てくるのです。

今、23人で聖書の学びと交わりをしています。
全員の、学びに対する感想コメントに、一人一人私は返信をします。
でも、誰が誰かわからなくなることはありません。
みんな違うのです。
考え方も、表現も、キャラクターも特徴も、違うのです。
十分に「みんな、個性的だなぁ」と思います。

そして、そのすべてが愛しいなぁと思うのです。

神様はこの人をこんな風に育て生かし歩んでこられているんだなぁ
と思うと、いとしさを感じるのです。
それは、きっと、神様の方が感じているものかもしれませんね。

個性というのは、
その人を構成するいろいろのものが合わさってにじみ出る味、かもしれません。

それを、神様はよくよくご存知だけど
当の本人がわかってなかったりする。

自分のことを、何の変哲も無い、おもしろみのない人間だと思っている。
欠けや汚れはあっても、良いものなんてないだろう、と思っている。

もったいないなぁ、と思うのです。


演劇の夢に挫折し、普通の人になることを決めてから
婚活をしました。
そしたら、普通の人なはずの私に目を留めて、
私を特別な人として見てくれる人と出会い、結婚しました。
彼も十分個性的な人ですが(笑)彼に言わせれば、私は驚くほど個性的だったようです。

そして、結婚してから、CCMのミニストリーも、ANNIとしてのミニストリーも与えられました。
普通の女性と結婚していたはずが、
人には関わるわ、パーティーは開くわ、人前で歌って語るわ・・・
そんな妻おるかい!!とつっこむ状態です。

私自身も、普通でいよう、普通の奥さんをやろうと思っていて、
決して個性的な女性になりたいと思ってやっているわけではないのです。
でも、客観的に見てみれば、
今の私は、夢を追い個性を求めていたあの頃より
ずっとずっと個性的な生き方をしていると思います、自分でも・・・。

それは、神様がひきだしてくださったものです。
時が来て、必要があれば、そんな風にしてくださる・・・のだと思います。

そして、そんな個性は、あるいは賜物は
だれの中にもあると、私は信じています。

婚活する中で、神様がくださっている「個性」を、その人らしさを
その人自身が気づいていき、またそれが輝いたらいいな、と思います。
その輝きは、別に全ての人を魅了しなくても良いのです。
特別な誰かにとどく輝きであれば・・・。



来年からは、そういった、その人にある個性、素敵なところ、賜物を
見つけ出すお手伝いを
個性と個性がパズルのように組み合わさり、つながる、お手伝いを
また再開していきたいと思っています。



2017年11月14日火曜日

クリスチャンの結婚支援「リベカ」のご紹介

結婚を祈るクリスチャンのみなさん

北陸にクリスチャンのための結婚相談所が誕生しているので
ご紹介します!!


クリスチャン同士の結婚支援「リベカ」です。


北陸を中心としていますが、全国どこの方でも相談にのってくださいます。

代表の中西じゅんこ先生は牧師夫人でもいらっしゃいます。
とても寄り添って話を聞いてくださいます。
私も何度かお会いし、またたくさん交流させていただいていますが
本当に柔らかい対応をされる先生で、とても話しやすいです。
共に喜び、共に泣いてくれる・・・そんな優しさに慰められます。

実は、クリスチャンブログをずっと書かれていて
「キリスト教人気ブログランキング」で3位になっている
密かに有名なブロガーさんでもあります。

「リベカ」は有料の相談所ですが
結婚相談所としては料金もかなり良心的かと思います。

とにかく『クリスチャン同士の結婚』にこだわってサポートされているので

「クリスチャンと結婚したい!!」という方にはおすすめです!

HPはhttps://marriage-rebecca.amebaownd.com/

お問い合わせは

問い合わせフォーム https://my.formman.com/form/pc/PRenZPUHKgaa3aBA/
もしくはチラシに掲載の電話番号に電話もしくはショートメールで連絡

ご興味ある方は
是非一度、検討してみてください!!!



CCMも来年には、婚活サポート再開します。
こちらも、お楽しみに♪

2017年11月9日木曜日

迂回した道 ~Roundabout~

先日、面白いセミナーに参加しました。

今、イスラエルでキリストを信じるユダヤ人やアラブ人が増えているとのこと。

その画期的な方法は「インターネット」

それが、伝道の「迂回の道」となっているのだそうです。

どういうことかというと、

ユダヤ教では、新しい教えがあったとき、
それを認めるかどうか、かならずラビの審議と許可が必要なのだそうです。
彼らにとっては「キリスト」や「新約聖書」は新しい教えに入るものであり
2000年たった今でも受け入れられてはいません。
というか、ほとんど知らない、のだそうです。
また、国外から伝道することもできない。(入れてもらえない)
国内でもおおっぴらに伝道することは難しく、そんなことをすれば迫害は間違いなし。
伝道したとしても「それが本当かどうかラビに聞いてみなきゃ・・・」
というリーダーコンプレックスも根強いそうです。
律法の門番(Gatekeeper)の壁は高い・・・。

しかし、インターネットが普及して
ラビを通さず、シナゴーグ(会堂:私たちでいう教会)を通さず
人々がキリストについて直接知ることができるように
なってきたのだそうです。
イスラエルのインターネット利用率は、日本よりはるかに高い!
寝る以外のほとんどの時間、ネットにつながっている状態なのだそうです。
ホームページやYoutube、SNSを通して
キリストを信じたユダヤ人の方達が
「イエスはメシアなんだと、信じざるを得ないよ」
と心からの証をしていて、
それをみて興味を持った人たちがどんどんアクセスするのだそうです。

この活動をしているONE FOR ISRAELの方が
「これは、迂回の道なんだ」
と教えてくれました。

高い壁、境界があるのだけど、それと戦うのでもなく、乗り越えるのでもなく
「迂回する道」


この話を聞きながら
日本のキリスト教界にも、境界や壁、そしてGatekeeperがいるような気がする
と思わざるを得ませんでした。

さまざまな教団・教派があり、それを超えてクリスチャン同士がつながりをもつのは
難しい・・・と感じています。
聖書を超えた、教会のルールだったり、クリスチャン業界の常識だったり、
そういうもののゆえの「流れの悪さ」にもどかしくなることもあります。

クリスチャンの婚活を活性化させたいのだけど
このBorderやGatekeeperをどう超えていけばいいのか
ずっと考えてきました。

けれど、「迂回の道」があるかもしれない・・・
思いのある人に直接繋がる方法があるかもしれない

と、セミナーを聞いて
励ましを大いに受けました。

もう一つ励ましとなったのは

「ユダヤ人がユダヤ人としてユダヤ人に伝道するのが一番効果的」
ということを通して

そうか、日本人が日本人として日本語で日本人に合う形で伝道すればいい

そうか、
婚活経験者が経験者として
アラフォーの私がアラフォーとして等身大で
クリスチャンの私がクリスチャンとして
私らしく婚活のサポートをすればいい

と思えたことでした。


CCMのあり方、VISIONを年末までにじっくり考え
来年に備えたいと思います。

是非、お祈りいただけたら嬉しいです。


2017年11月4日土曜日

疲弊しないために

何かを根気強く、長く、タフさをもって続けるためには

心が疲弊しない・・・

ということが、どうしても必要になるなぁと
思う今日この頃です。


話は変わりますが

私は持久走が好きではありません。

もともと喘息持ちで、小中学校で必ずあった持久走大会とその練習は
まさに地獄でした。
トラックを走りながら、外反母趾と喘息での呼吸難の苦痛と戦い、
さわやかどころか冷や汗をかきながら、
まだか、まだ終わらないのか・・・と校庭から見える時計をみる。

だから、高校は持久走大会がない、ということを一番の理由に
地域でトップの高校に意地でも入った・・・というほど
持久走が好きではありません。

苦しいなぁ、辛いなぁと思いながら
同じことを続けていかなければいけないのは
心を疲弊させます。
頑張らなきゃいけないんだけど
がんばる力はどんどん削がれる思いになります。


婚活が長引いていくとき、
これと似たような「心の疲弊」が起きるような気がします。

心が疲弊しすぎると
もう、なんだか、全部、どうでもよくなります
よね。


走りながら、心が疲弊しないためには
どうしたらいいのだろう・・・と考えていました。

使徒たちは、長く激しい伝道の道のりの中で、
どう心を保ったのでしょうか。


使徒パウロはこんなことを語っています。

「昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。
それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。
(ローマ15:4)」

昔書かれたもの、とは
パウロにとっては旧約聖書にあたる書物たちでしょう。
私たちにとっては、新旧約聖書になるとおもいます。

そこに書かれているのは
かつての人たちの試練や苦難の道のり・姿
それを神の助けや励ましによって乗り越え祝福された姿
試練の先には希望がある!と神を賛美する姿
どんな絶望的な状況でも「神は共にいて、神は愛してくださる」ということ

それらを読むことで
私たちも「忍耐と励まし」を得て
「希望」をもたせてもらえる。


困ったら・・・
苦しくなったら・・・
心疲れた時こそ・・・

聖書を開く。
みことばにたずねる。

ということが、秘訣なのかなぁと思いました。



聖書を学んでいくこと、聖書から真理と確信を得ていく営みと
婚活は
深いつながりがあるべきではないだろうか・・・

ということを
私は最近すごく考えています。

そしてその挑戦を
10月からの
「クリスチャンらしい婚活をするために聖書を学ぼうじゃないか企画」
でおこなっています。

手応えが・・・あります。

これからが楽しみです。


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2017年10月23日月曜日

体験的に知る

「クリスチャンらしい婚活をするために一緒に聖書を学ぼうじゃないか企画」
から三週間が経ちました。

3日に1話のペースで約1時間の講話を聞き、内容を理解して、理解したことと心にとまったことをアウトプットするということを、繰り返しています。
もちろん、内容はとても豊かで、ちゃんとつながりと展開があり、
続きを聞きたい!となる内容ではあるのですが・・・

1時間のインプットとそこからのアウトプット(文章化と発信)

社会人生活を送りながら、また婚活をしながら
聖書の学びに1時間以上の時間をさく、ということは
なかなかにハードだと思うのです。


が、


なんと


ほとんど脱落者がいません。


8割以上の方がほぼ「3日に1話のペース」で学びを続けています。

正直、驚いています。
(たぶん、やっている本人たちが一番驚いている)



なぜ続けられるのか・・・?

無料の企画です。なので
払った代金の価値だけは元を取らなきゃ!というわけでもありません。

特典(無料カウンセリングや紹介サポート)はあります。
でも、いくら無料とはいえこんなハードなことを3ヶ月やるより
サクッとしかるべき相談所へお金払って紹介してもらったほうがずっと楽でしょう。


今、この企画と参加者に何が働いているのか・・・
すごく不思議なことがおこっているような気がしてなりません。



そして、



学びと経験を同時に進めていく、ということが
もしかしたらとても意味があるのかもしれない

と、思わされています。



聖書の中で「知る」という言葉がよく出てきますが
その多くが「体験的に知る」という意味です。

知識としてわかる、だけでなく
知識として知った真理を
生活や、婚活の経験を通して確かにする。

たとえば「神への信頼によって希望を持つ」ということを
学びの中で知り、

生活の中の人間関係や、婚活の出会いや交わりなどの
試練や困難、うまくいかない体験の中で
実際にそのコトを適用し
「こういう苦しい状況の中でも神様を信頼する」
「目の前がまっくらだけど希望を持っていく」
「どうしたら、なにをどう拠り所にしたら
  神への信頼を握り、希望を持つことができるか」
ということを一生懸命考えることができます。

そして、その荒波をこえた時に
「神への信頼によって希望を持つ」ということが
自分の体と歴史に刻まれ、よりその真理を確信することができるのです。

より確信できた時に、信仰の土台は強化され
クリスチャンとしても成長させられると思います。

そこで培われたものは簡単には崩れないし
その後の歩みの中でも絶対に活かされていくと思います。

聖書の言葉を安易に適用することもよくないけれど、
聖書を学ぶことと、生活を生きることは、絶対切り離してはいけない。

聖書が与えられ、解き明かしを聞く機会が与えられ
日々の生活が与えられていることの意味を思い、
また感謝したいと思います。


どうか、学びのために、婚活しながら学ぶ一人一人のために
お祈りください。

また、このミニストリーのためにも、是非お祈りください。



2017年10月21日土曜日

妬みのメカニズム

先日、教えていただいた話の中に
とても面白い発見がありました。


妬みのメカニズム


妬むって

自分を人より上に見てるということが土台にある

自分はあの人より上なはずなのに
状況として、あの人より下になっている

上なはずなのに・・・!!と。


もし、自分がその人より下だと思っていたら

状況として、下になっていても

まぁ、そうだよね、で終わって

妬みの感情は起きないはず。



人と自分を横並べにして、上下つけたくなる
その感情はいったいなんなんだろう・・・


自分と神様だけの縦の関係だけを意識していられたら
そんなことしなくて済むかもしれない


あるいは、
キリストの姿にならって、へりくだって
「自分が人より上だ」という考えを
窓から外へ捨ててしまえたらいいかもしれない


あるいは、
人の目から見たら、私はあの人より下かもしれない
でも、神様から見たら私は唯一無二の作品で
たっぷりたっぷり愛してくださり、生きる価値がある
だから、別にいいや、と思えたらいいかもしれない


「妬み」の感情はやっかいだ

いいものは何も生み出さないし
心を蝕むばかりだ

そんな虫歯みたいなものは
放っておかずに
きちんと取り扱ったほうがいいように思う。

妬みの感情が
おきなくなることはないだろうけど
妬みを感じた時に
どう処理していくか・・・大事だと思う。

妬みの感情の隙間から、
悪魔は罠を仕掛けてくるから・・・。





2017年10月18日水曜日

耳を傾ける

お見合いパーティーを見ながら
交わり会の様子を見ながら

「傾聴」の難しさ

について考えます。


とても赤裸々な話になりますが

相手に興味がなくなりながら話を聞いている人の顔は
それはもう露骨に「興味ナイ」が出ています。

残酷なくらいに
「興味ナイ」顔になっています。

交わり会などになると
「あなたの話は別にいいんだけど」
な顔をしている人もいたりします。
それは、本当にそうとわかるような表情なのです。

そういうのを、客観的に見ていて
私としては、とてもさみしい気持ちになります。

だって、

自分が人にそんな顔をされたら
めちゃめちゃ辛いじゃないですか。
なんとなく自己嫌悪に陥ってしまうじゃないですか。
うまく表現できない部分を汲み取って欲しいと
心の中で必死に足掻いていて
それだけでも、もう崩折れてしまいそうなのに
目の前でシャッターおろされたら
なんだか絶望的になるじゃないですか。


話を聞いていて
「なんだ?」と思うこともあるし
「何言ってんの?」と思うこともあるし
「なぜそんな話し方?」と思うこともあります

でも、その先や、その奥を
もう少しだけ見守りながら探ってあげたい
そしたら自分も納得できることもあるかもしれない
そしたらその人を好きになれるかもしれない

そう思って「耳を傾けてみる」

そんなちょっとした忍耐と優しさが
クリスチャンにはあってほしいなぁ、と
願ったり祈ったりするのです。


神様は、罪に縛られどうしようもなく、不器用で頑なな私たちに対して
忍耐をもって愛してくださっています。

ものわかりの悪い私たちのために、キリストは
「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのかわからないのです」
と十字架の痛烈な痛みと苦しみの中で、とりなして祈ってくださいました。

神が私たちに注がれた愛を覚えていたい。
その愛をしっかりと心で握りながら
いろんな人と向き合うことができたら・・・と
思います。


2017年10月10日火曜日

「気分の浮き沈み」と「信仰の一貫性」の違いと影響

人だから気分が浮いたり沈んだりします
信仰が熱くなったりぬるくなったりします

でも、

その中にあっても

神の愛と導きを信じる
自分がキリストの十字架によって救われたことは信じる
永遠のいのちの約束が与えれたことを信じる
神が自分の将来を握り、それは希望あるものだと信じる

そういう信仰の根底は手放すことはない
ならば

気分の浮き沈みはあっても、
信仰には一貫性がある
と言えると思います。

そういう人は、周りから見て
落ち込んでても元気でも、見ていて安心感と信頼感を感じます。

ところが

身の回りの状況や、自分の感情に応じて
神を疑ったり、救いを疑ったり、天国を疑ったり
希望を見失い続けていたり・・・

ということは

救いの根本、福音の根本をしっかり握っていない
本当には信じていない
ということではないか?
と思うことがあります。

簡単に言えば、信仰に一貫性がないように思えるのです。

気分が落ち込んでいると、その人の中で神も希望も無くなる・・・
気分が上がると、神はいる!愛だ!!ハレルヤ!!となる・・・

その姿は、見ていて非常に不安と奇妙さを感じます。


これまでの、クリスチャンの結婚のいろんなケースを見ても

弱さがあっても、信仰に関しては一貫性のある人は
結婚に導かれていったように思います。
(CCMには弱さがない人はほぼいませんが…)

逆に

強がっていても、生活レベルや地位がしっかりしている人でも

信仰の一貫性のない人は
なかなか導かれないように思います。

なぜなら、その一貫性のなさが、
交わりを破壊させ、人間関係の構築を妨げてしまうから
ではないかと思います。

もちろん、導きには神の時がありますから、
今まだ結婚に至ってないすべてのひとが
信仰に一貫性がないと言っているのではありません。

けれど
今の自分の状態が、どちらなのか。
クリスチャンは常に省みる必要があるのではないかと思うのです。
「目を覚ましていなさい」と聖書の中で何度も語られているように…。

クリスチャンの婚活はごまかしがきかない・・・
とよく思います。

恋愛ならば、感情的な盛り上がりで、結婚に至ることもあるかもしれない。

けれど、婚活はもっと冷静で客観的視点が入る分だけ
感情的に勢いでもっていくことは難しいのです。
「いや、まてよ、盛り上がってるけど、これは本当にいいのか?」
という声が必ずどちらかの、あるいは両者の頭の中で響くからです。

それが、クリスチャン婚活の特徴でもあると思います。


婚活にはいろんなテクニックがあるのも事実です。
誤解をうまないために注意していい事項もあります。

けれど、人間は霊的な生き物です。
霊的な部分はテクニックでは補えないし、
そもそも信仰に一貫性のない人はテクニックを使いこなすことができません。
なぜなら、テクニックを使いこなすには安定した精神状態、精神のコントロールや自制が絶対に必要だからです。

そして
霊的なゆがみは必ず伝わります。少なくとも神の目には明らかです。

霊・肉、共に整えていくこと…
霊・肉、共に誠実であること…


大切にしてもいいことじゃないかな、と思います。





2017年10月5日木曜日

希望をもつ秘訣

今、「クリスチャンらしい婚活をするために聖書を一緒に学ぼう」企画を
絶賛遂行中です。

ハーベストタイムミニストリーズの
「30日でわかるマタイの福音書」全30回の講座動画を見て
フィードバック(感想)をお互いにシェアする
ということをやっています。

最終的に23人(5グループ)でやっています。

同じメッセージを聞いて、23通りの感想があります。
その人の状況、心理状態、これまでの過程によって、
心にヒットするところはまちまちです。
それを分かち合って、また気づくことがある。

そして、この「30日でわかるマタイの福音書」のメッセージが
非常にわかりやすく、こころに染み渡る、あるいは刺さり
約1時間のメッセージですが、聴き始めたらあっという間なのです。

今、マタイの1章、2章を経過中ですが
そこで大きくテーマになっていることの1つが

「希望」

です。


そして、ちょっと目からウロコなのが


希望は、確信からうまれる。
確信は、事実の検証からうまれる。

ということのように思います。


ただふんわり「いいことが起こる、うまくいく」と思うのは
希望ではなく、
たぶん
希望的観測であり
その土台は自分の“感情・感覚・フィーリング”ではないでしょうか。

けれど、これほど弱い土台はない・・・

聖書に由来する希望というのは

聖書を通して、
神様が人と約束をし、それを約束通りに成し遂げた歴史を
検証していく

聖書を通して、
神が人と共にいた歴史を1つ1つ確かめていく

そして、
約束をかならず成し遂げる神が、
この歴史の中でずっと人とともにあった
ならば、
今も、同じ神が、
私の人生に対する約束を必ず成し遂げ
私とずっと共にあるはずだ!

という理論によって確信を得る。

その確信の土台は歴史的事実なので、ゆるぎません。
だって、実際起きたんだもん。
可能性で言えばアリだったんだもん。
ナイなんていえないじゃないですか。

そのゆるがない確信があるから、希望をもてる。
神が、私の人生に対する約束を必ず成し遂げ
私とずっと共にある!
というコトは、とてもポジティブな内容です。

ポジティブな内容の確信からは、希望がうまれるのは当然です。


そして、不安になったら、
立ちもどれる場所・・・聖書がある。
聖書に記録された世界、事実たちが、
語りかけ、励ましてくれる。



それが、クリスチャンの希望の持ち方だよ
と、
今教えられています。


婚活という試練、荒波にあって
希望は必須です。

この「希望をもつ秘訣」
おすすめです。

希望をもつために、
是非聖書を開いて、探してみてほしいな、と思います。


2017年10月2日月曜日

心の部屋を明け渡す

何か起こった時
とくに
心にもやっとすること
心にムカッとすること
心に不安を感じること
ぐぐぐーっと力が入ること
強い願い・・・

そういうときは

主に委ねましょう・・・
思いを手放しましょう・・・
と言われますよね。

「何も思い煩わないで、
あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
(ピリピ4:6〜7)」

このみことばが、そういわれる元になっていると思うのですが


ずっと

それってどういうこと?

と思っていました。

なんだか、
良いにしろ悪いにしろ、その強い思いを
自分の手から放すというのは
やっぱり怖かったり、
なんか無責任じゃないかって思ったり
していたんです。


けれど、ある時
すごくわかりやすい表現、イメージ
を教えていただきました。

ーーーーーーーー

私たちの心は
大邸宅のようなもので
その心の大邸宅に
私たちは神様をお迎えした。
(福音を受け入れ、信じ、心と人生に神を迎えた)

けれど、大邸宅なので
たくさんの部屋がある。

神様は、広いロビーには入っている。
けれど、すべての部屋には入れていなくて

私が部屋をあけて神を迎えると
神様はその部屋に入って、そこに住み、部屋を整えたり
素敵にしたりしてくれる。
一緒にいてくつろげる部屋に整えてくれる。
そんなふうに、神が働かれる・・・。

何かを握っているということは
その部屋が
頑なな「開かずの間」になっていて
家主が部屋の鍵をあけないと、
ロビーまで招いた神様も入ることはできないんだよ。

ーーーーーーーー

ね、
素敵なイメージじゃないですか?


この話を聞いてから、

なにか強い思いがあったり、強い不安があったり、
自分の頭でこだわりそうになったとき
ほぼあらゆるときに

「神様、心のこの部屋を明け渡します。どうぞ働いてください。」

と祈るようになりました。

この祈りをすると
すーーっと平安が心に広がります。

他人に見せられないようなぐっちゃぐちゃになった部屋
自分でもどうすることもできない部屋を
神様に対して開いて、入っていただいて
整理してもらい、さらに素敵にしてもらう。

そんなことしていただけるなんて
もう、感謝しかわかない・・・
嬉しいし、そうしてもらえる安心感があります。


「何も思い煩わないで、
あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
(ピリピ4:6〜7)」


アーメン!



2017年9月30日土曜日

人には期待しない、でも信頼してる

あるときから
とても心が楽になりました。

かつては
すごく人を妬んだり、恨んだり
人に傷ついたり、うらめしかったり
人が怖かったり
したんです。

私が傷つきやすかったのか
傷つけられる経験が多かったのか・・・

その両方かもしれませんが、

人を信じては、その人に裏切られる
期待しては、期待が外れて傷つく
そういう経験はそれなりにしました。


演劇をやっていた時代
所属していた事務所の社長が交代し、分裂が起こった時
恩師や仲間に背を向ける形で新体制についた。
新社長はえらく目をかけてくれたのが、ある日突然シカトが始まった。
間に立っててくれたはずの先輩は、手のひらを返し、自分が社長に嫌われないために
盾となることをやめ、責任を私に被せる形になった。
大勢の前で糾弾されたり、いちゃもんをつけられたり・・・。
結局辞めざるを得ない・・・ことになった。

どんな形でも一緒にいようと約束した相手が
鬱になった。夜中の3時に呼び出されても駆け寄り添った。
けれど、鬱が辛いからもう会わないでくれと言われて
なんとか自分の心のけりをつけて泣く泣く離れた。
その人に雇われてもいたのだが、もう無理ということで、
別の会社に私の身は引き取られる形になった。
その1ヶ月後、何事もなかったように目の前に現れて
「元気?」と笑顔で言われた。
腹が立って、私がどんな気持ちだったかわかるか?!と聞いたら
「じゃあ言わせてもらうけど、俺だって君に傷つけられたんだ!!!」
とキレ返された。相手は15歳も年上だった。
いろいろショックで1年半生理がとまった。

背神の10年から、神に立ち返り、
そのきっかけとなり拠り所となった教会では
「なんでも相談して」と言ってくれた友人がいた。
しかし、ある時、ちょっとしたすれ違いが起こる。
私の「ごめん」と言った声が聞こえなかったらしく、
「あなたは、謝らないよね!」と怒られた。
ちゃんと言ったことを伝え、誤解なのに怒られるのは傷つくと言うと
「誤解だってお互いわかったんだから、もういいじゃん」と
こちらが傷ついたことに対しては、寄り添ってもらえなかった。

尊敬していた牧師に、教会でうまくいかないこと、実家に少し帰りたいと相談をしたら
「君はエゴイスティックで、独善的だ!今ここを離れたら君に祝福はない!!!」
と怒られた。
結局、その教会を離れることにした。

優しかった牧師夫人に、ある時からシカトされたり、嫌味をいわれたこともある。

・・・・・・

うーん、思い返せば、いろいろあるなぁ(苦笑)

だから、

「人には期待しない」

と、ある時から思うようになったのです。

仕方ない、人は裏切るし、裏切る形になってしまうことはあるのです。


でも、

今はそれで悪意をいだくことはありません。

「信じる」ことは失っていないんです。


それは

人には期待できないけれど、
起きる物事については神様が最善にしてくださると信頼している

から。

だから、
人によって裏切られたり、約束を守ってもらえなかったり
予定が変わったり、思っていたことと違うことになったりするけど

起きるすべてのことは神様の采配で
それは完璧で
目の前の結果は、それはそれで意味があり
それはそれで今のところ最善なのだろう
と思えるのです。


人をみると傷つく
でも、
上をみると、神を見上げると
傷つかない

でいられるのです。


そのくらい

神は良いお方だと
そこんとこは、揺るがずに信頼しています。


なぜなら

あれだけの罪びとだった私を
赦してくださった神様だから

生きながらにして死んでいたような私を
救って命与えてくれた神様だから

絶対わたしに悪いことはしない!するはずがない!!

それだけは、信じられるのです。



その同じ神が

あなたの人生を握って導いている
どんな人に囲まれて
どんな目にあったとしても・・・

と、

辛い時は、是非、思い出してください(^ ^)


本日12時 締め切り!クリ婚キャンペーン企画!

本日締め切り!
聖書を学び、交わりをし、祈り合うことで、婚活にも社会生活にも信仰の土台をすえ、力強く歩めるようになろう・・・。
なんと、現時点で20名が集まっています。
(今朝の時点でもどんどん増えてます。)

>>>本日お昼12時まで受け付けます!<<<


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
クリスチャンの婚活・・・とは?

一体どんなものでしょう?



ただ、お相手をクリスチャンに限定して婚活をする

ということではありません。

クリスチャンらしく、婚活をする

ということだと、私は思います。


では、

クリスチャンらしく婚活する、とは?


悩んだり困ったり試練に会った時に
聖書のみことばを土台にして、問題を解決し
聖書のみことばから前に進む力をいただき
祈りと交わりによって心を整理して
人と出会い、交流し、結ばれていく・・・

ということだと思うのです。

でも

聖書のみことばを、どうやって土台にすればいいのか
どうやってみことばを自分の生活に適用すればいいのか
よくわからない・・・

という方もいらっしゃると思います。

困った時に、聖書の何を思い出せばいいの?
そもそも、聖書が言ってることが、あまりよくわからない
なんだか整理して理解できてないから
いざってときに、どう役立てて良いものやら・・・・

と、思ったりしませんか?


そうなんです。

この問題を解決するには
「聖書をある程度理解する」
「聖書の読み方のコツをマスターする」
「聖書と自分の人生の接点をみつける」
という学びが必要なんです。


私自身が、CCMをやっていて、この問題にぶち当たりました。
なので、去年の4月から「ハーベスト聖書塾」というところで
お金を出して、本格的に聖書の学びを続けています。
そして、ここでの学びで、
劇的に聖書理解が変わり
私自身の信仰生活も画期的に変わりました。


で、


みんなで、
「聖書をある程度理解する」
「聖書の読み方のコツをマスターする」
「聖書と自分の人生の接点をみつける」
をやりたい!とずっと思っていたんです。

だって、

本当に
劇的に人生が歩みやすくなるから。
劇的に、試練が乗り越えやすくなったから。


そこで、


緊急企画!
「クリスチャンらしい婚活を実践するための
聖書の学びを一緒にやろうキャンペーン!!!!」(←長い)
(略して、「クリ婚キャンペーン」)
をやろうと思います。

これに最適の教材がありまして
ハーベストタイムの『30日でわかる聖書:マタイの福音書』という
シリーズ動画です。

まず
この企画に参加する方で、LINEグループを組み、
一定のペースでこれを聞いて
感想や疑問や発見をシェアする。という企画です。

聞くの忘れるかも・・・、
めんどくていやになるかも・・・
という方も大丈夫!

励ましの声かけをします。1人じゃないから頑張れる!
そして、結構この動画・・・飽きません。
話し手の話がうまくて、目から鱗の連続です。
そして、よくわからないなーと思ってもとりあえず最後まで聞けばOK
(と、ハーベストタイム側が言っています)

ディボーション苦手、やり遂げたことがない
という方も、30回分だけでいいから、
一緒にやりとげてみませんか?

これが終わった頃には、
たぶん劇的に
何かが変わっていると思います。

そして、さらに
この企画に参加し最後までやり遂げた方に
特典があります。

それは・・・
「特別に無料カウンセリング&お相手紹介サポート」
です!

現在、CCMでは個別の紹介サポートを休止しています。

しかし、特別に、この企画に参加し最後までやり遂げた方は
カウンセリング(面談or電話、Skype)をし、
他の婚活でも使える「プロフィール」を作り、
紹介対象者としてサポートさせていただきます!



婚活でつまづいている方、
婚活が停滞している方
なにか打開して前に進みたい方

是非、この企画にエントリーしてください!!

申し込みは、9月いっぱいまで!

参加希望の方は

smile.forward.project@gmail.com まで
「クリ婚キャンペーン参加希望」と「お名前」と「LINE ID」を添えて
メールをください。
詳しい詳細をお送りします。

是非、是非是非
お待ちしております!


2017年9月28日木曜日

WHAMをききながら

Amazon Musicという、音楽がたくさん聴けるツールのおかげで
最近とてもよく音楽を聴いています。

Amazon premiumに入っているので、そこに登録されている音楽は
聴き放題なのです。

しかも、私の好きな、ちょっと古い洋楽がたくさんあります。
60年代〜90年代の洋楽は
いつもリビングで流れていたので、
私の原風景でもあります。

すごく田舎だったので、CDレンタル屋さんがやっと1件たったのも
小学校3、4年のときだったように思います。

それまでは、父や母が持っているCDやテープをかりて
自分の部屋のデッキに入れてかけて
聴きながら勉強したり、絵を描いたりしてました。

Amazon Musicで
ひさびさに見つけた「WHAM」

最近テレビでH&MのCMにも使われていますが

WHAMも思い出の曲の1つ

ひさびさにアルバム2枚分をフルに聴いて

懐かしーーーーーーーー!!
思いは、幼い頃の子供部屋へと馳せました。

そういえば、中学生頃になって
ミュージカルにはまって
「オペラ座の怪人」のサントラを買ってもらって
部屋でかけまくって・・・
歌いまくっていたなぁ・・・

というのを思い出しました。


我が家は、割と古く、結構隣の音がきこえます。

そんなこと気にもせず、自室に入ったらマイワールド・・・

初めは小さな声だったのが、だんだん大きくなってたような

そういえば、トイレでもお風呂でも歌っていた・・・



・・・もしかして、相当うるさかったのではないか・・・


それでも、一言も「やめなさい!」とか「うるさい!!」
と親や祖父母から言われることはありませんでした。

本当は、うるさかったかもしれないのに・・・

なんか

私は
いろんな人にゆるされながら
生きてきたんだなぁ


と、ふと思ったのです。

きっと、他の場所、他の環境でもそう

友達にも、
職場でも、
先輩にも、
師匠にも、
見知らぬ誰かにも、

きっと、
いろいろと、たくさん、
不手際や迷惑や失礼や力不足をやらかしてて
でも
ひとつひとつ、ゆるされて
時には見逃してもらい、時にはスルーしてもらい、時には我慢してもらって
生きてきたんじゃないかな


そして、なにより
神様は、ずーーーっと私を見守りながら
たくさんのことをゆるして
今も生かしてくださってるんじゃないか



ならば、

私が誰かをゆるさない・・・とか
ありえないよね、
言える立場じゃないわ・・・

と、自然と思って



なんかそんなことを
WHAMを聴きながら
思ったのでした。


緊急企画!
「クリスチャンらしい婚活を実践するための
聖書の学びを一緒にやろうキャンペーン!!!!」

なんと16名集まりました!
すでに、10月からのスタートに向けて、
準備や交わりを進めています。
約3ヶ月、がっつり聖書を学び、交わり、祈りあっていきます。

どうかこのために、参加するお一人一人のために、お祈りいただければ幸いです。

2017年9月25日月曜日

みことばを支えにする

もしクリスチャンとして婚活をする中で

支えとしているみことばが、具体的に1つもなかったとしたら

今すぐ聖書を開いて探す旅を始めた方がいい・・・



そんなことを

結婚式に立ち会いながら

思っていました。


先日、CCMで出会ったお二人(40代)が結婚式まで無事に導かれ
その瞬間に立ち会うことができました。

正確に言えば、CCMで「再会」したお二人でした。

別の婚活パーティーで出会い、おつきあいをし、結婚を考えるまでに至っていたのですが
どうしても決心がつかず、破談になってしまった・・・

けれど、破談になってから、相手を思う自分の気持ちに気づいてしまった
でも、破談になったのだから、それぞれの道をあゆみ、新しい出会いに進まなくちゃ・・・
そんなわけでCCMへ相談にいらっしゃったのでした。
それぞれ、別々で・・・。

そんな背景を知りながら、そんな事情があるからこそ
お二人が顔をあわせることがないように主催者として配慮しつつ
それぞれ相談にのったり、お見合いの紹介をしたり、
交わり会やパーティーに参加していただいたりしたのですが・・・

どうにも上手くいかない・・・

この2人は、ほんとはすごくお似合いなのよなぁ・・・と密かに思いつつ・・・


そのまま1年が経ちました。

なにも実らず1年。

けれど、その1年の間に、お二人ともとても成長されました。
精神的に、信仰的に、成長されたのを感じていました。

なので、

祈りに祈りに祈りに祈って
お二人を引き合わせることを決心しました。
(失敗したら最悪・・・本当にヒヤヒヤしました)

少しだけ、それぞれにリサーチした上で
あとは神様に委ねつつ
ちょっとサプライズをしかけて
お二人に再会していただきました。

そして、その9ヶ月後・・・

お二人は結婚式を迎えたのです。

式の資料の中に、
お二人のこれまでの歩みや
大切にしていることなどが書かれていました。


そこに、

一番迷っていたあの時期に
与えられた「みことば」があったことを知りました。

そうか、
彼らの成長は、
「みことば」をよりどころとしていたんだ・・・


思い返せば

結婚に導かれていった方々はみなさん
婚活中に支えとする「みことば」があったことを
結婚式などで証していたな・・・

と思い出しました。

みことばを土台とし、支えとした時に
神様はその人を強く立たせ、成長させ
追い風をふかしてくれるのかもしれない。

心にあって離れない
頭にこびりついて離れない

そんなみことばが1つあると

不思議なくらい平安があったり
驚くくらい倒れなかったり
涙を流しても絶望することはなかったり
信仰は揺るがなかったりします。


「神のことばは生きていて、力があり、
両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、
心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。
(ヘブル4:12)」

このみことばは、真実だと思います。



緊急企画!
「クリスチャンらしい婚活を実践するための
聖書の学びを一緒にやろうキャンペーン!!!!」
エントリーは9月末締め切り。
10月より企画スタートします。
なんと、今、14名集まっています!
(中部から関東、北陸まで各地のクリスチャンが集まっています。)
https://chubu-chrisitian-marriage.blogspot.jp/2017/09/blog-post_20.html

2017年9月20日水曜日

クリスチャンらしい婚活を実践しようじゃないか企画!

クリスチャンの婚活・・・とは?

一体どんなものでしょう?



ただ、お相手をクリスチャンに限定して婚活をする

ということではありません。

クリスチャンらしく、婚活をする

ということだと、私は思います。


では、

クリスチャンらしく婚活する、とは?


悩んだり困ったり試練に会った時に
聖書のみことばを土台にして、問題を解決し
聖書のみことばから前に進む力をいただき
祈りと交わりによって心を整理して
人と出会い、交流し、結ばれていく・・・

ということだと思うのです。

でも

聖書のみことばを、どうやって土台にすればいいのか
どうやってみことばを自分の生活に適用すればいいのか
よくわからない・・・

という方もいらっしゃると思います。

困った時に、聖書の何を思い出せばいいの?
そもそも、聖書が言ってることが、あまりよくわからない
なんだか整理して理解できてないから
いざってときに、どう役立てて良いものやら・・・・

と、思ったりしませんか?


そうなんです。

この問題を解決するには
「聖書をある程度理解する」
「聖書の読み方のコツをマスターする」
「聖書と自分の人生の接点をみつける」
という学びが必要なんです。


私自身が、CCMをやっていて、この問題にぶち当たりました。
なので、去年の4月から「ハーベスト聖書塾」というところで
お金を出して、本格的に聖書の学びを続けています。
そして、ここでの学びで、
劇的に聖書理解が変わり
私自身の信仰生活も画期的に変わりました。


で、


みんなで、
「聖書をある程度理解する」
「聖書の読み方のコツをマスターする」
「聖書と自分の人生の接点をみつける」
をやりたい!とずっと思っていたんです。

だって、

本当に
劇的に人生が歩みやすくなるから。
劇的に、試練が乗り越えやすくなったから。


そこで、


緊急企画!
「クリスチャンらしい婚活を実践するための
聖書の学びを一緒にやろうキャンペーン!!!!」(←長い)
(略して、「クリ婚キャンペーン」)
をやろうと思います。

これに最適の教材がありまして
ハーベストタイムの『30日でわかる聖書:マタイの福音書』という
シリーズ動画です。

まず
この企画に参加する方で、LINEグループを組み、
一定のペースでこれを聞いて
感想や疑問や発見をシェアする。という企画です。

聞くの忘れるかも・・・、
めんどくていやになるかも・・・
という方も大丈夫!

励ましの声かけをします。1人じゃないから頑張れる!
そして、結構この動画・・・飽きません。
話し手の話がうまくて、目から鱗の連続です。
そして、よくわからないなーと思ってもとりあえず最後まで聞けばOK
(と、ハーベストタイム側が言っています)

ディボーション苦手、やり遂げたことがない
という方も、30回分だけでいいから、
一緒にやりとげてみませんか?

これが終わった頃には、
たぶん劇的に
何かが変わっていると思います。

そして、さらに
この企画に参加し最後までやり遂げた方に
特典があります。

それは・・・
「特別に無料カウンセリング&お相手紹介サポート」
です!

現在、CCMでは個別の紹介サポートを休止しています。

しかし、特別に、この企画に参加し最後までやり遂げた方は
カウンセリング(面談or電話、Skype)をし、
他の婚活でも使える「プロフィール」を作り、
紹介対象者としてサポートさせていただきます!



婚活でつまづいている方、
婚活が停滞している方
なにか打開して前に進みたい方

是非、この企画にエントリーしてください!!

申し込みは、9月いっぱいまで!

参加希望の方は
smile.forward.project@gmail.com まで
「クリ婚キャンペーン参加希望」と「お名前」と「LINE ID」を添えて
メールをください。
詳しい詳細をお送りします。

是非、是非是非
お待ちしております!


2017年9月18日月曜日

社会人のための場所

CCMやKCMをやってきて
すごく思うことがあります。

それは

クリスチャンの交わりや聖書の学びの場所が
あるといいのに

ということ。


私自身は、高校の頃から頭の中は演劇一色。
演劇部で青春を謳歌し、
大学へ行っても演劇サークル、一般の劇団と
演劇ざんまいで、
むしろ教会からも信仰からも離れていきました。
なので、中高生会とかKGKとかに参加することもなく
大人になったわけです。

学生時代に、聖書やクリスチャンの交わりに触れる機会がなかったし
当然そのOB会みたいなものがないので、
大人…社会人になってからもそういう機会はありませんでした。

だから、30歳近くで結婚を祈り始めた時に
とにかく出会いの場がない。同年代のクリスチャンにどうやって会えばいいのかわからない。
同世代のクリスチャンで、信仰とか聖書の話をする人がほぼいない・・・
という状況でした。

婚活をしながら、また、婚活のお手伝いをしながら
KGKなどの存在を知り、
学生時代に信仰の交わりがあったり聖書を学ぶ機会があったり
社会人になってもOBのための交わりや学びの機会が持たれていたりするのを見て
単純に、わぁいいなぁ、と思います。

そして、

KGKにいた経験のない人、
たとえば、高校卒業後専門学校へ行ったとか、就職したとか、
社会人になってから信仰を持った人にも
そういう場所があるといいのに・・・
と、すごく思います。


青年、社会人クリスチャンに対する対応は、教会によってかなり違います。
青年が多い教会もあれば、たった1人2人という教会もあるし
青年の信仰のサポートに力を入れている教会もあれば、ない教会もある
聖書を学ぶこと、交わりを豊かにしている教会もあればそうでないところもある。

婚活ミニストリーに携わる者としては
できれば教会でもっともっと青年の信仰生活をサポートしてほしいという
祈りと願いはあります。

けれど、そんなに簡単に変えられる状況ではないから

なにか、できることはないだろうか・・・

そんなことを、最近すごく考えています。


婚活というのは、思ったよりもハードな活動です。
とても信仰が試される場となります。

だからこそ、その土台をしっかりするために
* 私たちが拠り所とする神とは一体どんなお方で
* 私たちの人生にどのように関わってくださるのか
ということを、しっかり知識として学ぶ必要がある、と感じています。

そして、そうして学ぶことは、
婚活だけでなく、
クリスチャンとしてこの人生を歩んでいく上で
すごく力になる
と思うのです。
絶対に無駄にはならない・・・。

結婚するにしてもしないにしても
与えられた人生を力強く生き生きといきていくために
交わりと学びは、大きな力になります。
逆に、その力を身につければ
どんな人生でも、どんな状況でも強く美しく生きていける
と思います。
婚活の姿勢や視点も、きっと変わって道が開けるようにも思うのです。


そんな環境をどうしたら作れるか、

今、私ができる範囲で何をどうしたらできるか

私が、覚悟しなければならないことはなんなのか・・・


祈りながら考えています。




2017年9月15日金曜日

弱いからこそ結婚したい

CCMには、
いかにも結婚しそうな人はあまり来ません。

見目麗しく、聡明で
経済状態も安定し
過去に男女問題などもなく
家族も安定した人たちで
クリスチャンとしても社会人としてもちゃんとしてる

そんな人は来ません。


相談に来るのは


そうではない人


何かしら弱さをもっている

現状であったり、過去であったり
体であったり、心であったり

弱さや、不利な点を持った人



婚活をしている他の人から見たら
あるいは、仲介している人から見たら

「なんで弱さをもったまま
 婚活をしようとするのか?
 もっと状態を整えてから、
 問題を解決してから来ればいいのに・・・」

と思われるかもしれません。



けれど


「弱いからこそ結婚したい」

その心理は
私はなんとなくわかります。



なぜなら、私自身が、

信仰が一番離れていた時に
精神的に一番不安定な時に
生活が一番苦しい時に

一番結婚願望が強かったからです。


弱いから、誰かに助けてほしい
孤独だから、誰かに愛されたい、思いっきり誰かを愛したい
不安定だから、誰かに支えてほしい


そう思うのは、とても自然なことではないでしょうか?


本当に、すがるような思いで
「誰かと一緒になりたい」「助けてほしい」と
すごくすごくすごく思うのです。


だから、なんとなく
気持ちがわかります。




私の場合は、それをこじらして
おかしな恋愛を繰り返してしまい、
とても自分を傷つけてしまったのですが・・・。


そうなんです、

弱さを人で埋めようとすると
実は失敗するんです・・・
全然、願った形にはならないんです・・・


そして
恋愛ならば一時的にその不安は解消できるかもしれないけれど
ちょっとだけ弱さを埋めることができるかもしれないけれど


結婚はそうはいかないのです。


なぜなら、結婚は
自分が相手の人生を背負わなければいけない
という一面があるからです。


自分も、相手を助けなきゃいけない
自分も、相手を見返りなく愛さなくちゃいけない
自分も、相手を支えなきゃいけない

「してもらう」だけを求められない関係

それが「結婚」なんです。


弱さの中で、救われたいという思いはすごくわかります。


けれど、人は人を完全には救えないんです。

人の愛には限界があるし
人の助けも限られている
人の支えも完璧ではない

その人が倒れる可能性だっていくらでもあるのです
その人も「人」だから。


人を救えるのは、神だけです。
人を完璧に支え助けられるのは、万能なる神だけです。
一方的に愛してくれるのは、神だけです。
弱さをゆるし受け入れてくれるのは、神だけです。

「心の穴は十字架の形をしている」という言葉を聞いたことがあります。

弱さ、不安、孤独という心の穴は、神の愛しか埋めることができない。

さまざまな問題も、解決する力と知恵を与えてくれるのは、神です。


だから、

弱さを自覚し、1人で生きたくない、誰かと一緒に生きていきたい
その願いはそのまま持っていていいから

神様と一緒に
誰かを支えるという「結婚」の準備をしていく。

心の穴を、神の愛で埋めてもらい
ちょっとだけ誰かを支えられるよう強くなろう。

信仰の成長と、直面する問題の解決のために
神に知恵と力を与えてもらおう。

そして、
そのために、具体的にできることは
祈りと学びと交わりです。

是非、聖書を開き、真剣にメッセージを聞き、
教会での交わりに関わってみてください。





そして、
婚活する人、あるいは仲介する人は
弱さをもったまま結婚したいという人に対して
是非、冷たい眼差しを送らないでほしいなと思います。

彼らは、
これから神の祝福を受ける容量をたくさんもっていて
神が介入する余地をたくさんもっていて
そのぶん神の愛とすごさをより味わうことができて
すっばらしい証し人となる可能性をものすごく秘めている
ダイヤの原石のような人たちなのですから。


2017年9月11日月曜日

不安になったら頼るもの

日々生活をしていると

ましてや婚活など
何かさらなる試練に向かっていたりすると

不安におそわれることがあります。

自然と湧き上がる勇気など
そうそう持ち合わせてもいないし

自分を不安にするものは
そう見れば
いくらでも身の回りにあるのです。

不安なときに

一番頼っちゃいけないのは

自分の気持ち
自分の感情
自分の感覚
その不安な気持ち

です。

不安なときは
どうしたってマイナスな方向にしか思考が回ってしまう。
悪い思い出や失敗体験ばかりを思い出し
不安な気持ちにあわせて「理屈」をつけてしまうんです。

しかしその「理屈」はただの想像です。

よーく考えたら、なんの根拠もなく、
理論として通ってなかったりします。

不安だと思い、それを見つめれば見つめるほど、冷静さを失い、どんどん不安になるだけです。
不必要に、大丈夫なものまで、不安色に染めてしまいます。


じゃあ

不安なときは

何に頼るか……?



断然

「みことば」

です。

その辺の名言なんて、
所詮、
数十年生きた人のことば
数百年聞かれた言葉
です。

でも聖書は2000年以上
いや旧約聖書が読まれた期間を含めたら数千年
世界で一番読まれているコトバで
多くの国の多くの人、多くの偉人が
土台としてるコトバ

それが

「みことば」

です。

これ以上頼りになるものは
ないと思いませんか?

しかも、

クリスチャンは
この言葉を信じて生きると決めた人
このみことばの源なる
神を信じ、神に愛され、愛し
神と特別な関係になった人のはず

ならば

神のコトバが
一番信頼できるはず

だって

神があなたを愛してるなら
そのコトバはあなたへのもの
あなたを元気づけるものなはずだから…

たくさんのみことばがあります。

必死で求めて読むとき、聞くとき
必ず必要な「みことば」に出会います。

ネットで探せば、状況に応じて分類されたオススメの「みことば」も出てきます。
意味がわからなければ、解説も探すことができます。


不安なときは
自分から目を離して
神に目を向け

自分の声はシャットダウンして
「みことば」を聞いてください。

聖書に基づかないなら人の声も役に立ちません。

「みことば」には
力があることを
信じてください。

不安な気持ちに支配されず
支配されそうになったら
みことばにすがって、そこから這い出る。

そうして、
強く、雄々しく、
日々の生活と試練に向き合い
前に進んでいくこと…

そのために、

私も心から祈っていきたいと思います。

2017年9月8日金曜日

10月名古屋でお見合いパーティーあります【P&A】

CCMが協力させていただいている
プリスカとアクラの会【P&A】が

10月にお見合いパーティーを開催します!!!

第19回 P&A 会

10月28日 土曜日
1時半から4時半まで

愛西市佐織公民館 二階
視聴覚室

会費 800円


お問い合わせ
担当:日笠さん yoshiehikasa2025@yahoo.co.jp

数少ない 中部地方での
結婚を祈るクリスチャンの出会いの場です。

是非!!!


2017年9月6日水曜日

婚活成功の秘訣:たぶん欠かせないもの

北陸CCMで、たくさんの婚活サポーターの方と話をしました。
みなさん、とても心を砕きながら、祈りながら、クリスチャンの結婚のために
ご尽力されているのを感じます。そして、実際に働かれています。

その中で、何度も聞かれた言葉・・・


「信仰がしっかりしてるから、大丈夫」


これが、北陸滞在2日間でのキーワードでした。


結婚に導かれた人たちを思い返すと
たしかに
「信仰がしっかりしている」と思えるところがあります。




「信仰がしっかりしている」

とはどういうことか?


教会に欠かさず通っていること?
教会奉仕にとにかくいっぱい参加していること?
教会に長く通っていること?
聖書知識があること?


いや、それらだけだったら、
実は、この論は成り立たないのです。


教会に欠かさず通っていて、奉仕をいろいろしていて、教会暦が長くても


当てはまらない例がたくさんあります。


仕事の関係で毎週日曜に教会に行かれなくても
とにかく教会につながっている人

一回一回の礼拝を心から求めて参加している人

乾いたスポンジが水を吸うように、出会うみことばやメッセージを聞き
自分の記憶と心にとどめて反芻する人

教会の先生やクリスチャンで信頼できる相談相手がおり
心を開いて相談し祈ってもらっている人

悩んだり困ったりした時に、どんな名言よりも聖書のみことばにすがる人

いつも神様と自分との関係を考えている人

さまざまな出来事が起きてもそこに神の存在を意識している人

弱さを自覚し受け止めながら、藁をもすがる勢いで神にすがっている人



そういう人たちが

世の風潮によらず、常識によらず、学歴によらず、
職歴によらず、年収・年齢・結婚歴によらず

人生を生命力豊かに生きていて、魅力があふれ出ていて
行動力につながっていて

結果、結婚に導かれているように思うのです。



婚活成功の秘訣は、

「信仰の土台をしっかりとすること」

みかけの信仰生活
ではなく
心の底の信仰


のように思います。


リアリティなく感じるでしょうか?
そんな抽象的な、と思うでしょうか?
方法論の方がよっぽど理解しやすいでしょうか?

だけど、
真剣に自分の生活と心の底を省みてみたら
きっと何かがわかるかもしれません。

心にあることは、かならず実となって表面に出ているからです。

聖書に、

「すべて良い木は良い実を結び、
悪い木は悪い実を結ぶ。
良い木が悪い実を結ぶことはなく、
また、悪い木が良い実を結ぶこともない。(マタイ7:17-18)」

と書いてある通りだと思います。


2017年9月4日月曜日

北陸CCM無事に終えました

北陸CCMスピンオフ企画セミナー&交わり会
無事に終える事が出来ました。

本当に多くの方の多大なサポートにより
想像以上に豊かな会となりました。

涙が出るほど素晴らしいサポータースタッフの皆様に感謝します。

500円の会費以上の
スイーツドリンク付きの会

神様の業としか言いようのない導きで
結婚されたご夫婦をゲストスピーカーに迎え
かなり掘り下げたインタビューをさせていただきました。
そのひとつひとつに真摯に答えてくださり
たっぷりと証をしてくださいました。
リアルな証言の背後に神の手を感じていただけたら、嬉しく思います。

そして、後半のフリートーク(交わり会)は
独身チームと婚活サポーターチームに分かれて
かなりたっぷりと交わりをしました。

私なんかよりずっと素晴らしい助け手、証し人な方達が
独身者チームの交わりをリードしてくださり
私は完全にお任せしておりました。

はたから見て、本当に盛り上がっていたので、
安心してお任せしておりました。

私自身は、北陸で活動されている婚活サポーターの方達と
情報のシェアや課題などについて、たくさんお話をすることができました。
そんな経験は、この4年ではじめてで、とても励ましを受けました。
婚活サポートの働きは、とても孤独なものですので、
本当に嬉しかったです。


たくさんのことを交わりで話し合う中で
いくつかのことを思わされました。

・婚活の土台とは
・信仰と教会
・出会いの場を広げることと信仰の成長

などなど

少しずつ言葉にして、このブログでも分かち合いたいと思います。

翌日は、会場を貸してくださった新湊キリスト教会の礼拝に参加させていただき
またまたたくさん交わりをさせていただきました。
CCMのこと、クリスチャンの結婚について本当に祈って支えてくださる
この教会と先生方、信徒の方々に、心から感謝します。
その交わりの中でも、「婚活と信仰」はやはり切っても切れない関係がある
と強く感じました。
これも、少しずつ言葉にして、このブログで書いてみたいと思います。


CCM・KCMの方向性についても、いろいろと考えさせられました。



これで、今年のCCMのイベントは終了です。

来年の予定も決まっておりませんが、
CCMだけでなく、関わる他のミニストリーのイベント等の情報はシェアしていきます。
また、メールでの相談はいつでも受け付けております。
他の団体で婚活中の方でも全く構いません。
だれにも相談できずにいるよりは、話し、祈りあったほうがずっといいと思うのです。
いつでも、ご相談ください。
https://ws.formzu.net/fgen/S86992778/


2017年9月1日金曜日

気になる矛盾

婚活サポーターをしていて、
お見合いパーティーの主催者をしていて
婚活の相談にのっていて

ときどき

「あれ?」

という違和感を感じる時があります。

それはたいてい

「矛盾」のようなものを
感じる時です。


本当に、
あれ・・・なんでかな〜?

という感覚なのですが

たぶん、客観的にみているから感じるものなのかもしれません。



例えば

何回かお見合いパーティーに参加していて
毎回もらうオファーが少ないのに
自分からのオファーもあまりしない・・・

とか。

毎回もらうオファーが少ないということは
そのままでは連絡先を知り合うチャンスが少なくなってしまうということです。
できることとしては、自分からのオファーを増やし返信を待つ
もしくは、よりオファーがもらえるように、第一印象の工夫をする
ということではないかと思うのです。

でも、自分からのアプローチの工夫がない・・・
チャンスは減るばかりだけど・・・なんでだろう?
と、思うのです。

たぶん、「ピンとこない人にオファーしてなんの意味があるんだ?」
ということなのかもしれませんが
そもそも「ピン」になんの確実性も信頼性もない
自分の感覚なんて、その日その日の体調や状況で変わる(特に女性は)
たった5分や10分の印象で、本当に合うか合わないかなんてわからない
と思うので
「ピンとくる」ことで判断してなんの意味があるんだ
と、私自身は思ってしまうのです。
(特に、私は、自分の感覚を頼って人生を失敗してきたので、
全く自分の感覚というものを信用していません。)


例えば

自分にとってこういう人がいい・・・という理想を上げるのと同時に
全面的にパートナーに仕えるようになりたい・・・という理想を語る

自分にとっての理想を掲げている段階で、
自分が中心である考え

全面的にパートナーに仕えるというのは、
自分を横に置いて相手を中心とする考え

この相反する理想を
どう共存させられるのか・・・?

自分にとって都合のいい人にだけ、仕えたい・・・ということなのだろうか?

そんな都合のいい話はないし
どんなにいいと思った人でも
長くともにいる間に、
受け入れがたい面なんて
いっくらでもでてくるもの。
もし、それに向き合わねばならなくなったときには
どうするのだろうか?
都合が悪いから、受け入れず、仕えるのをやめるのだろうか?
それって「全面的」になるのだろうか?
自分で自分の誓いを破ることにならないだろうか?



そんな

小さな矛盾

が、気になったりします。


相談してくださる方には、私も正直に
こういった疑問点、課題となりそうなことをお伝えしています。

とても正直にお伝えするので
時に、嫌われたり、逆上されたり、サタン呼ばわりされることもありますが(^ ^;)

自分が嫌われることよりも
伝えることの方がその人にとって大事だと思うので
伝えています。


というわけで、

明日、9/2は 北陸CCMです。
単発企画ですが、新しい出会い、深い交わりに期待しています。


2017年8月30日水曜日

内面を見てほしい

ときどき
婚活の現場で

「自分の内面をみて欲しい」

外見によらず、自分の内面を、本質をみて欲しい

という声を聞きます。


私個人的なことをいうと
すごく個人的なことを言うと
私は、自分の内面はどす黒く、情けない部分もいっぱいあり
外見の方がよっぽど取り繕うことができるので
このどうしようもない内面とか、中身をみられてしまうと
かえって困るなぁ・・・・
と思ってしまうのですが(^^;)



自己表現が下手だと自覚している人が
下手な表現を超えて、
自分の意図を汲んで欲しい
自分をわかってほしい、
と思う気持ちはわからなくもありません。


けれど

こうも言えると思うのです。

「外見はその人の内面が作り出したもの」


滲み出るものがあると思うのです。

たとえば、

不摂生をせず健康的な食生活をしている人が
超肥満体型だ…ということは
まずないと思うのです。

きれい好きな人の洋服が
生乾き臭がしたりよれよれで埃がついている
ということはないと思うのです。


TPOを間違えることはあります。
それは、訓練や経験も関わりますから・・・

ちゃんと働いているけれど
忙しすぎて服がヨレヨレになっている
ということはあるかもしれません。

教会がおしゃれをあまり良しとしていないので
服のセンスが磨かれないということもあるかもしれません


人には
さまざまな背景があります。
それは、意外と奥深く、広いものです。

でも、その背景を見るための窓は
「外見」です。

「外見」を窓にして
「中身・中の景色」を見ることができる

そう思っています。


できれば、この視点をうまく利用して
外見を工夫することで
内面のいい部分が
より見えやすくなる工夫ができたら
いいのではないかな、と思います。

ちなみに、外見は
服装だけではなく、
例えば、
表情、声、行動、ちょっとした癖、仕草、選ぶ言葉
も含まれていると思います。


さて、今週末は北陸CCMです!
「外見、内面、表現」についての相談も直接できますよ。
是非、お越しください。



<9/2北陸CCM 開催!!!>

北陸は富山県のログハウス風カフェで
北陸CCMスピンオフ開催します!

結婚を祈るクリスチャンのための「セミナー&交流会」
in 富山 Grace Cafe OASIS

日時:9/2(土)
14:00~17:00(Open13:30)
参加費:500円(ドリンク・デザート付)
場所:Grace Cafe OASIS
 富山県射水市海老江630-2
射水海老江コミュニティーセンターすぐ横

詳細、お申し込みは↓↓↓
https://chubu-christian-marriage.jimdo.com/ccm-toyama/






2017年8月28日月曜日

チャンスをつかむこと

「やっぱりあの時参加しておけばよかった」
「やっぱりあの時行っておけばよかった」

そんな声を
聞くことがあります。

直接、
相談のようにして言われることもあります。
(今年はそれがとても多いです)


そのとき、
私が何を思うかといえば


「それを私に言ってどうするの?」


ということです。



私は、とても物事の裏を考える人間です。

吐き出された言葉は
そのままの意味を持っていないことがある
ということを
経験上知っています。

だから、

「その言葉の裏の本音はなに?
なにをいいたいのだろう?」

ということを、
常に考えてしまいます。

後悔を、独り言としてつぶやくなら
それはただの後悔だと思います。

けれど、
後悔を人に語るということは
また別の意味をもっている、と思うのです。


そして、

たいてい感じるのは


「わたしのためにチャンスを作ってください」


という裏のセリフです。


・・・


お願いすれば
チャンスというのは簡単に
頂けるのでしょうか。

私は、
お願いしてチャンスにありついたことは
ほとんどありません。

演劇でプロを目指していたとき
オーディションというのは
たいてい都合の悪い日時とタイミングで開催されます。
それでも、オーディションに出るためにと
正社員の仕事ではなく、バイトをすることを選んでいました。
チャンスを掴むためです。
今しかチャンスはないからです。


チャンスを掴むために
何を優先するべきか、何を譲るべきか
という判断は
とても大事ではないかと思います。

「時」を決めるのは
「神」です。


主催者として言っておくと
ものすごい検討を重ね、祈りに祈った上で、大事なイベントの日時は決めています。
できるだけ多くの人が参加できること、遠くの人も来られること、などなどなど
いろんなことを考えて場所と日にちと時間を決めています。
そして、決まった=与えられた場所と日時は、
神様が備えてくださったものだという信仰のもと
告知をするのです。


参加するのもしないのも
チャンスをつかみにくるのもこないのも
個人の自由です。


けれど、もし
「気分」でそのチャンスを反故にしているのだとしたら
「なんだかいく気になれないから」「なんかやっぱり怖いから」
と機会をスルーするのだとしたら


それは…どうなんだろう…


と、思ってしまうのです。


「信仰によって婚活してる」
ということの意味を、
考えてしまうのです。



「時」は思い通りにはやってきません。

チャンスは、あたりまえにはありません。
あたりまえにないからチャンスなのです。



クリスチャン婚活ミニストリーに携わる人たちは
今、少しずつ増えているように思います。
機会も増えていると思います。

けれど、やっぱり
当たり前の環境ではないのです。

どのミニストリーも小さな働きです。
いつ消えても、いつ閉ざされてもおかしくない
とてもハードな中で、みなさんやっておられます。

そして、
自分の年齢があがることで
自然に、相対的に、出会いのチャンスは減っていきます。
そのチャンスの減りようは、
ミニストリーの拡大では補えないくらい
早いと思います。


婚活だけではなく
何事においても
チャンスをつかむのはとても大事だと思います。

私たちは「限り」がある中で生かされています。
命だってそう・・・
若さだってそう・・・
健康だってそう・・・


そして、

チャンスを掴もうとすることは
神様への応答
だと私は思っています。


1人でも多くの人が
信仰を土台として
恐れや気分に負けずに
貴重なチャンスを生かすことができるようにと
いつも祈っています。



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北陸は富山県のログハウス風カフェで
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射水海老江コミュニティーセンターすぐ横

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2017年8月24日木曜日

受け止める心の準備

いろんなアドバイスがあるけれど

それが正しい、いいアドバイスだとわかるけれど

どうしても素直に受け入れられない

ということはないでしょうか。


人の心は
とても複雑にできている
と思うのです。

割り切ればいいとわかっていても
なんだか割り切れない

シンプルに考えればいいとわかっていても
どうしてもそう考えられない

なにかが絡みついているような
どうしても何かが気にかかるような
なんか進んで心がそこに向けられないような

そういうことって

ある、と思います。


それは、

たぶん

単に

素直じゃないとか
性根がわるいとか
根性が曲がっているとか

そういうことでは、たぶんなくて

たぶん

受け止める心の準備ができていない

のだと思うのです。


そのアドバイスを受け止める前に

解決すべきことがあって

それをクリアしないと、
そのアドバイスに手をつけられない
ように思います。


だから、

アドバイスをもらっても
アドバイスをみても
そのように進んでできない自分を

責めなくてもいい
自己嫌悪に陥らなくていい
絶望しなくてもいい

ただ

受け止める心の準備を
していけばいいだけ・・・
(できるだけ早く)

遠回りに感じるかもしれないけれど

順番に解決していくのが
一番早くて確実だと思います。

足し算、引き算を覚えてからでないと
掛け算、割り算はできない。

まず歩けるようになって、走れるようになる。


自分の中の、ひっかかってることは何だろう?
後ろ髪引かれる何かは何だろう?
目の前の解決しなきゃならない課題は何だろう?

そこに向き合ってみたら

きっと次の扉が開くような気がします。



けど


もし、

受け止める心の準備さえも
取り組むべき課題に向き合うことさえも

やりたくない

と言うとしたら


それは
やっぱり

素直じゃない・・・

とも、思います。





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2017年8月23日水曜日

招かれたという認識

ときどき

心の奥底で

「神を信じてやったのに!神様あなたを信じてあげたのに!」

と思っていないだろうか?

と、ふと我に返って思ったことがある。


信じたなら、願いが叶う。
信じたなら、いいことがある。
信じたなら、人生がうまくいく。
けど、おい
信じたのに、うまくいかないじゃないか。
神様よ、信じたのに、うまくいかないじゃないか!
これはどういうことだ!?
約束が違うんじゃないか?!
せっかく、信じてあげたのに!!!!

はっきり自覚してなくても
実は、そのくらいの思いになってたり
しないだろうか。

だけど

それは、神を下に見ている

考え方・・・ではないだろうか。


「信じてあげてる」なんて
少なくとも、
神を上に見ている考え方じゃない。

神が人より上ならば、
物事の統括権、管理権、決定権は
自分より上の神にあって当然だ。


ガラテヤ6:7〜
「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。」


神を下に見る。

それは、完全に「思い違い」なのだ。

そして、私たちは、
神を侮れるような立場じゃない。


「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。」


うまくいかないとか、願いが叶わない・・・

それは神様が祝福をしてくれない、ということじゃなくて、

もしかしたら自分自身に問題がある場合もあるのではないか?
刈り取らねばならない種を、かつて蒔いていたのではないか?

と、私は自問する。

悩んだり落ち込んだりせず、自問する。

「自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り・・・ 」
とあるように

私たちは、キリストを信じることで
罪については赦される。命の滅びからは救われる。

けれど、犯した罪の刈り取りは免除されるわけじゃない。

それは、旧約の人物たちを見てもそうだ。

モーセは神に逆らって2度岩を打った刈り取りとして約束の地には入れなかった。
ヤコブは父を獣の皮と兄の晴れ着で騙して祝福を獲得したが、のちに、愛息ヨセフが獣に食われて死んだと血のついたヨセフの晴れ着をもって息子たちによって嘘をつかれ泣くことになった。

私たちも、犯した罪については生きている間に刈り取りをすることになる。

「御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。」

もし、純粋な思いで神に仕え、聖書の示す善を行ってきたのなら、
神様はいつか必ず祝福を与えてくださる。

だから、その時期を待つ。

でも、私たちは、完璧ではない。
必ず、罪を犯している。
それは、一般的な犯罪という意味ではなく、
神に対する背き、欺きという意味での罪だ。

その待っている間に、
刈り取りをすることもある・・・のではないかと思う。

その刈り取りは、甘んじて受けなければならない、
と私は思っている。


私たちはそんなふうにして、
いろんな意味で
神の支配下にいる。


私たちが、神を信じてやったのではない。

私たちが、神を認識するから、神が存在するわけでもない。

私たちが、神を信じなければ、神の存在が証明されないわけでもない。

私たちは、神に創られたのだ。


信じようが信じまいが、神はいるし
わたしたちは神の支配下にある。


そして、

信じるようにと

「招かれて」「導かれて」

神を信じる今の生活がある



そのことを、忘れてはいけないなぁ

と、はるかに高い空を見上げながら

思ったりするのです。


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2017年8月21日月曜日

置かれた場所で咲く

「置かれた場所で咲きなさい」
少し前に召天されたシスター著者の渡辺和子さんの
本のタイトルです。

私もこの本を読み、とても感銘を受けました。

ちょうど、東京の12年生活から足を洗い
故郷岐阜に導かれるように帰ってきて
ほんとうに何にもない”自分”だったとき

導かれるようにではあったけれど

なぜ岐阜にいるのか
あの東京生活はなんだったのか
・・・

そして、全国全域対象で婚活をしていたにもかかわらず
岐阜県内の超近所の男性と
結婚に導かれ
いよいよ本格的に「岐阜」人生だ
いったいここで何が待っているのだろう

そう思っていた時に、この本を読み
「置かれた場所で咲きなさい」
という言葉が、とても心に響いたのを覚えています。


私たちは、ずっと

夢はでっかく!
そして、その夢を叶えることが成功だ!

というような教育を受けてきたように思います。


けれど、

人生の幸せは、本当にそれだけなのだろうか。

自分の思いではなく、神の与える最善を受け取っていくことを
GOOD!という聖書のしめす成功は、
幸せではないのだろうか?

と、ふと思うのです。


それぞれに
置かれている状況というのがあります。

いい状況もあるだろうし
好ましくない状況もあるかもしれない

なぜこんな状況に?と思うこともあるかもしれない

だけど

今の、その状況に置かれていることが、神の導きであり
神の作り出した状況だと受けとめてみたら・・・

目の前の状況から、神の道を、神の御心を、最善を
探っていくことができるのではないでしょうか・・・。


パウロがアジアに行きたかったけれど、聖霊にとどめられ
思ってもなかった地方へ伝道に行くことになったことを思い出します。
アテネあたりに行った時は、本当に手応えがなくて
なんでここにこなきゃいけなかったんだ、と思ったでしょう。
それでも、神様の導いた伝道ルートは必要で最善だったのだと思います。
そして、パウロはそこに従い、各所で精一杯伝道していきました。


私が、主人と出会った時
なぜ岐阜の人?と思ったし、まったくもって理想の条件とは違っていました。
好みのタイプでもありませんでした。(お互いに)

けれど、この人が御心の人だということは、
置かれている状況がどんどん証明していってくれた・・・
という感じだったのです。

私自身に、実感はない。
彼にも実感はない。
正直に言えば、結婚5年目の今でも、
いわゆる感覚としては
「この人が運命の人♪」
という感覚はありません。
お互いに、いまだに、不思議だね、と言い合っているのです。

でも、
置かれた場所で、とにかく現実と向き合っていった時、
その現実の中で自分ができることは何か、
その現実の中で自分が選べる道は何か、
そう考えて行動していった先に
今の幸せな結婚・人生がある
ように思います。

その足跡を見て、
「やっぱりこの人が御心の人なんだな」と
思う・・・いや、認識するのです。




理想を掲げて
それを叶えたいと祈り求めるのもいいけれど

現実の中から、神の御心を探り
置かれた状況の中から祈り求めていくのも
いいんじゃないかな

とおもいます。


夢を叶えることよりも
現実をどう生きていくか
のほうが、
大事なのかもしれない・・・

と、30代後半に入った今
私は思うようになりました。

皆さんは、いかがですか?




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2017年8月16日水曜日

人は人を救えない

「なぜなら、妻よ。あなたが夫を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。
また、夫よ。あなたが妻を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。
ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです。
私は、すべての教会で、このように指導しています。(Ⅰコリント7:16-17)」

この聖句は、クリスチャンとノンクリスチャンの結婚離婚についてパウロが語ったところです。
そして、文脈としては、
「クリスチャンとノンクリスチャンで結婚している場合、離婚しようとしてはいけない。でも、もし、未信者のパートナーが去っていこう(離婚しよう)とするなら、
あなたは信仰を捨ててついていくよりも自分の信仰を守ることをとりなさい。」
ということが直前に書かれています。

その流れで

「なぜなら、妻よ。あなたが夫を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。
また、夫よ。あなたが妻を救えるかどうかが、どうしてわかりますか。」

と書かれています。

「・・・そうだなぁ」

と、思わずつぶやきました。


人は人を救えない・・・

人は人を変えられない・・・


結婚生活や
ミニストリー
を通して
本当に実感することです。


クリスチャン同士の夫婦であっても、
お互いに、合わないところや、できれば変わってほしいと思うところは
あるものです。

けれど、そう簡単には変わらない

20年30年40年かけて身についてきた習慣や考え方は
そう簡単には変わらないのです。

変わる必要さえ実感しない、ということもあるかもしれません。
ならば、余計に変わらない・・・


結婚前に、

「彼のここは嫌だけど、きっと変わってくれるはず」
「彼女のここは直してほしいけど、たぶん結婚したら変わるだろう」

好きだからこそ、結婚したいからこそ
そこをポジティブに期待してしまう

でも、そう簡単にはいきません。

私も、数多くのことを夫に求め、
その9割は変わらず、
諦めてきました(笑)

そして
そのうちの5割は、
彼 ではなく、
私が 変わることで
解決できた・・・ようにも思います。

自分が変わることで
スムーズにいくこともある

だけど

信仰だけは変わっちゃいけない!

神様が私に与えてくださった「信仰」はどんなものよりも大事なもの。
何においても最優先されるもの。

「ただ、おのおのが、主からいただいた分に応じ、
また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです。」

クリスチャンという私らしさは、何をおいても捨ててはいけない

のだな、と思わされます。


私は私らしく

そして、

人は人を救えない。人は人を変えられない。


じゃあ、
どうやって人と人は歩み寄っていけばいいのか?
どうしたら人と人は1つのようになれるのか?


ここまできて・・・

歩み寄る、1つになる、というのは
なにも2者が同じにならなくても
歩み寄れるし、1つになれるよね

赤と青が1つの色(紫)になるには

絵の具のように混ざり合う方法もあるけど

青のセロハンシートと赤のセロハンシートが重なることでも
紫になる。
けれどこのとき青のセロハンは青のまま、赤のセロハンは赤のままで
元あったものが変わってしまったわけじゃない。

そういう1つのなりかたもあるよね

と気づきました。



そして、

自分の結婚生活を振り返った時

私は夫を変えられなかったけれど
神様が彼を変えてくれた・・・
と実感することがたくさんあることに気づきました。

時間をかけて…
私が何もできずあきらめたころに
願っていたことを自ら言ってくれるようになったり
願っていたことを自らしてくれるようになったり
したのです。

それは私ではなく
神様が働いてくださったんだな・・・
祈っていたことを神様は聞いてくださって
私たち2人に思いをとめてくださっているんだな

と、思いました。

「神は、みこころのままに、
あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、
事を行なわせてくださるのです。(ピリピ2:13)」

そして、彼だけでなく
私も 神様の働きによって変えられている・・・
と思います。

「ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。(ピリピ3:15)」

人は人を救えない。
人は人を変えられない。

でも
神様は人を救える、
神様は人を変えられる

だからこそ

「何も思い煩わないで、
あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 

そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ 4:6-7)」

という言葉を信頼したい
と思います。

「それゆえ、神に選ばれた者、きよい、愛されている者として、
あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 

互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、
互いに赦し合いなさい。

主があなたがたを赦してくださったように、
あなたがたもそうしなさい。 

そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。

愛は結びの帯として完全なものです。(コロサイ3:12-14)」


神の愛こそが、人を救い、人を変え
人と人を繋いでくださり、
1つにしてくださるのかもしれません。





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